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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)12198号 判決 1969年8月25日

原告

片山信夫

代理人

神崎敬直

被告

共進自動車交通株式会社

代理人

松井久市

主文

被告は原告に対し金一九七万八八六五円および内一七七万八八六五円に対する昭和四二年一一月一七日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一  請求の趣旨

一、被告は原告に対し金三四一万〇七四〇円これに対する昭和四二年一一月一七日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。との判決および仮執行の宣言を求める。

第二  請求の趣旨に対する答弁

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。

第三  請求の原因

一、(事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四一年七月一四日午前三時三〇分頃

(二)  発生地 東京都大田区田園調布三丁目六番地先交差点

(三)  加害車 営業用普通乗用自動車(品川五う二九五二号)

運転者 訴外上村三郎

(四)  被害者 営業用普通乗用自動車(練馬五き二七一二号)

運転者 原告

被害者 原告

(五)  態様 被害車に加害車が追突

(六)  被害者の傷害の部位程度は、次のとおりである。

すなわち、頸椎損傷とこれに基づく慢性喉頭炎、両眼白内障となり、小原病院に通院し、更に昭和四一年一一月三〇日関病院で右眼の手術を受け、病室不足のため自宅で就床し一三日間医師の往診を受けたが、その間も頸椎損傷の治療を続けた。その後も、頸部、肩手の痛み、しびれが続いたため、昭和四二年四月一三日から六月五日まで入院治療を受け、更に長野県駒ケ根市で転地療養し、同年八月九日から昭和伊南総合病院に通院、同月一七日から九月二〇日まで入院、その後同月二六日まで通院し、東京へ帰つてからは小原病院に通院して現在に至つている。

(七)  また、その後遺症として、頸部、肩手の痛み、しびれが残り、視力も両眼共0.8以上であつたのが、右眼は手術をしたもに拘らず0.1に減退し、夕方夜間には光がちらついたり、物が二重に見えたり、ときには歩行困難な状況である。

二、(責任原因)

被告は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による賠償責任がある。

三、(損害)

(一)  治療費等 五万一七七五円

(1) 医療費(薬価、診断書交付手数料等) 二六六〇円

(2) 病院通院のためのタクシー料金(小原病院、関病院) 七三八〇円

(3) 転地療養のための交通費

六八八〇円

(4) 雑費 三万四八五五円

(二)  逸失利益

原告は、前記後遺症により、次のとおり、将来得べかりし利益を喪失した。その額は三四一万八二九一円と算定される。

(事故時) 五六歳

(稼働可能年数) 七年

(労働能力喪失の存すべき期間) 七年

(収益) 原告は事故当時、城西タクシー株式会社に運転手として勤務し、昭和四〇年度の給与所得は、六〇万四六八八円で源泉徴収額は二万二七八六円で、これを控除すると年間の収益は五八万一九〇二円である。

(労働能力喪失率) 一〇〇パーセント

(右喪失率による毎年の損失額) 五八万一九〇二円

(年五分の中間利息控除) ホフマン複式(年別)計算による。

(三)  慰藉料

原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情および原告の専門である自動車運転手は勿論のこと一般の仕事も将来永久に不可能となり、できることは留守番位となつたこと等の諸事情に鑑み一〇〇万円が相当である。

(四)  損害の填補

原告は被告から見舞金として一三万円仮処分により五七万六〇〇〇円の支払いを受け、労働者災害補償保険法により合計一〇五万三三二六円の支給を受けた。

(五)  弁護士費用

以上により、原告は二七一万〇七四〇円を被告に対し請求しうるものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、原告は手数料および成功報酬として七〇万円を支払うことを約した。

四、(結論)

よつて、被告に対し、原告は三四一万〇七四〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四二年一一月一七日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四、被告の事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(五)は認める。(六)(七)は不知。仮に、原告主張のような症状があるとしても、原告の身体の故障は本人が老齢であることと固有の疾患が原因であつて、本件交通事故とは因果関係がない。

第二項は認める。

第三項は争う。

二、本件事故の態様

原告は、信号のため一時停止していたが、青信号に変つたのであるから速やかに発進すべきであり、運転者としての当然の義務であるにも拘らず、居眠りのためか、速やかに発進しなかつたため、被告会社の運転者上村が該交差点から手前より青信号に変ることを予測して減速して徐行し、青信号になればそのまま円滑に進行できるものと予測して原告の車が速かに発進するものと期待して徐行したところ、原告の車が青信号に変つても速かに発進しないので上村は驚いてブレーキをかけたが及ばず、僅かに軽微な追突となつたものである。

三、(抗弁)

(一)  本件事故は、上村に過失ありとしても、原告の過失も寄与しているのであるから、損害額の算定に当つては、原告の過失が斟酌されるべきである。

(二)  原告は、労働者災害補償保険法により合計一三〇万五二五一円の補償を受けている。

第五、抗弁事実に対する原告の認否

(一)  原告の過失は否認する。

加害車が追突した時は、信号は赤信号であつた。むしろ、上村にこそ居眠りをしていた疑いがある。

(二)  労災保険より一三〇万五二一五円を受領したことは認める。

第六、証拠関係<略>

理由

一(事故の発生)

請求原因第一項(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがない。

<証拠略>ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故により、頸椎損傷および傷害性の視力障害を蒙り、田園調布中央総合病院で応急的診断を受けた後、小原病院に当初は毎日、暫くしてから隔日に、合計一二九回通院し、昭和四二年四月一三日から六月五日まで五四日間入院して治療を受けたこと、この間事故右眼白内障が急激に進行したため昭和四一年一〇月初旬に眼科関医院で眼の検査を受け、同年一一月二九日右側の白内障手術を受け一三日間医師の往診を受けて自宅療養したが、事故前に視力は左0.8、右0.8あつたのが、右は0.01に減退したこと、更に昭和四二年九月九日に信州駒ケ根の昭和伊南総合病院に通院を始め、同月一七日から同年九月二〇日まで入院、同月二六日まで通院して治療を受けたこと、帰京後更に小原病院に通院し昭和四三年九月まで通院回数は一二七回であり、同年一二月二三日から昭和四四年一月六日までの間に三回東京医大病院他の脳神経外科に通院したこと、昭和四四年七月七日現在なお、頭痛がし、眼も物が二重に見えたり、手もしびれ震える状態であることが認められる。証人小沢仁の証言および成立に争いのない乙第一号証によれば原告は本件事故以前に小原病院で高血圧症、心蔵神経症の治療を受けたことが認められるが、この事実によつて前記認定事実を覆えすことはできず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そして、原告の後遺症の程度は、前記甲第二八号証の一、二によれば、労働基準法施行規則別表第二「身体障害等等級表」第八級(第一号)に該当することが認められる。

なお、慢性喉候頭炎については、本件全証拠によるも、本件事故との因果関係は認められない。

二(責任原因)

被告が加害車の運行供用者であつたことは当事者間に争いがない。

次に、被告は、原告の過失を主張するが、<証拠略>によれば、被害者が赤信号で停車中、左側の客らしい人に気をとられて前方注視義務を怠つた上村が加害車を被害車に追突させたことが認められ、右認定に反する証人上村三郎の証言は措信できないところであり、本件全証拠によつても、原告の過失は認められない。(したがつて、過失相殺の主張は認められない。)

三(損害)

(一)  治療費等

(1)  医療費(薬価、診断書交付手数料等)

<証拠略>によれば、原告は薬価、診断書交付手数料等に二六六〇円を下らない出捐をしたことが認められる。

(2)  通院のためのタクシー料金(小原病院、関病院)

右証拠によれば、関医師の往診のタクシー代を含めて、通院のためにタクシー代として、七三八〇円を下らない出捐をしたことが認められる。

(3)  転地療養のための交通費

本件全証拠によつても、転地療養の必要性は認められないから、右交通費は本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

(4)  雑費

前記認定のように、原告の入院期間は小原病院に五四日間、昭和伊南総合病院に三五日間の計八九日間であるところ、<証拠略>によれば、見舞に対する返礼のない費用は別としても、原告は入院雑費として二万五〇〇〇円を下らない支出をしたことが認められるが、本件事故と相当因果関係のある損害は入院期間中一日二五〇円の割合による二万二二五〇円を以て相当と認める。

(二)  逸失利益

原告の治療経過および後遺症は前記認定のとおりであり、<証拠略>によれば原告は事故以来昭和四四年一月末まで約二年半は働けず、同年二月一日から駐車場の番人として稼働し、各種手当を含めて月収二九〇〇〇円であることが認められる。

ところで、<証拠略>によれば、原告は本件事故当時は城西タクシー株式会社に運転手として勤務し、年収六〇万四六八八円であつたことが認められる。原告は逸失利益の算定において、源泉徴収税額を控除した額を収益として主張するのであるが、そもそも人の身体の侵害に基く損害賠償請求においては、身体の侵害それ自体を損害と解すべきであり、積極損害、逸失利益、慰藉料等の項目はそれ自体損害ではなく、損害額算出を理由あらしめるものであり、逸失利益算出に際しては現実の手取収入ではなく、労働能力の評価としての収入すなわち税額を控除する以前のより抽象的な収入が問題なのであり、これを以て収益と解するのが相当である。

そして、かかる収益が給与所得として個人の収入になる場合には所得税が課せられるが、収益が給与相当額の損害賠償として個人の収入となつた場合には、所得税法九条一項二一号によつて非課税とされるのであつて、この差異は損害賠償金を受ける被害者保護のための立法政策によるものである。

したがつて、逸失利益算定の基礎たる原告の収益は、原告の自陳にも拘らず、源泉徴収額を控除しない年収六〇万四六八八円であり、月額にして五万〇三九〇円である。

そして、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば原告は、駐車場の番人として六三歳まで昭和四四年二月一日から四年間稼動できることが認められる。

そこで、訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年一一月一七日を基準日として逸失利益を計算すると、

(1)  昭和四二年七月一五日から昭和四二年一一月一六日までの一六ケ月二日間の全額

(2)  昭和四二年一一月一七日から昭和四四年一月三一日まで一三ケ月半間全額を月毎のホフマン式計算で年五分の中間利息控除

(3)  昭和四四年二月一日から四年間得べかりし月間収入五万〇三九〇円と現実の収入二万九〇〇〇円の差額の四年分から中間利息を同様に控除

(ホフマン式係数は、厳格には61.5ケ月の係数と13.5ケ月の係数の差額を用いるべきであるが、差額に意義があるので近似値として六二ケ月の係数と一四ケ月の係数と一四ケ月の係数を用いた。)

以上合計は二二五万七七九〇円である。

(三)  慰藉料

本件事故の態様は上村の一方的過失によるものであり、後遺症の程度は、前記のように身体障害等級八級に該当するものであり、入院期間も計五四日の他、医師の往診を受けた期間が一三日もあり、更に通院期間も長期間に及んだこと等、諸般の事情に鑑み、慰藉料は一五〇万円を以て相当認める。

なお、原告は慰藉料として、一〇〇万円の主張をするに止まるが、本件不法行為は一個であり、身体の侵害それ自体が損害であつて、積極損害、逸失利益、慰藉料等の項目は損害額算定上の資料として主張されているものであり、全体として一個の訴訟物をなすものと解するのが相当であり、したがつて、慰藉料について当事者の主張額を超えた額を認容しても全体として主張額の範囲内であれば民訴法一八六条に違反するものではない。又、慰藉料の算定は、裁判所が自由な心証によつて定めるべきものであり、算定の基礎たる諸事情について当事者の主張も不要であつてその額についても当事者の主張に拘束されないと解すべきであるから、弁論主義の適用外であるというべきである。

(四)  損害の填補

原告が被告から合計七〇万六〇〇〇円の支払いを受けていることは原告の自陳するところであり、労働者災害補償保険法により合計一三〇万五二一五円の支払いを受けていることは当事者間に争いがないので、以上合計二〇一万一二一五円は賠償額から控除すべきである。

(五)  弁護士費用

以上により、原告は被告に対し、(一)ないし(三)の合計三七九万〇〇八〇円から(四)の二〇一万一二一五円を控除した一七七万八八六五円を請求しうるものであるところ、<証拠略>および弁論の全趣旨によれば、被告はその任意の弁済に応じないので原告は弁護士たる原告代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、手数料および報酬を弁護士会所定の報酬規定の範囲内で支払うことを約したことが認められるが、本件訴訟の経緯その他の諸般の事情に鑑み、被告に賠償を求め得べき金額は二〇万円を以て相当と認める。なお、弁護士費用の支払期日については主張立証がないので、遅延損害金は認められない。

四(結論)

よつて、主文第一項の限度で原告の請求を認容した。訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用した。

(篠田省二)

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